2009年03月18日

2009年3月配信分 「有難うの連鎖」




その昔、裏庭やほんの少し歩けば出会えた日本の源風景。

今では車で2、30分かかるだろうか。

車は身近なタイムマシンと言ったところだ。

でも2、30分必要だ。

それがあと5年10年と年月を経れば、2、30分のところに源風景はあるのだろうか?


以前ラフカディオハーン、日本名・小泉八雲の「仏像の微笑み」という一節を、

本屋で立ち読みしたことがある。

「日本人はその器用な手先を使って、巧みに進化し、

やがて欧米を凌駕する程の凄い国になるだろう。

でもその頃の日本は今(小泉八雲がいた明治40年当時)のような日本ではなくなっていることだろ
う。

そうなったとき、日本人は村や町の隅にある石仏の微笑みに気が付くだろうか。

それが日本人があたり前に持っていた微笑であることを・・・」

つまり

「かつては野や町の辻々にあった石仏(道祖神)。

時の流れとともにその姿を消してゆく。

その石仏が持っている微笑みこそが、

今の日本人が忘れてしまった本来の日本人の微笑みそのものなのだ」

と言う内容である。

100年もの昔に日本を憂いている外国人がそこにいた。

確かに、

「日本人や日本らしさとは何か?」

と尋ねられれば、ややもすると外国の方のほうが詳しいかも知れない。

「武士道」という新渡戸稲造の本をトムクルーズが映画にして世界で話題を呼んだ様に。

いつの時も、日本の日本らしさたるものを

憂いているのは外国の方々であるような気がする。



いまの子供達が成人する頃、失われた源風景を「仕方ない」と思うだろうか?

それとも「もったいない」と思ってくれるだろうか?

いずれにせよ、私達大人は、便利さだけを追いかけるのではなく、

時には不便な感覚も心地よく感じることが大切なのではないだろうか?

幸い滋賀にはまだ美しい田園風景が今も昔と変わりなく存在する。

それは大きな戦争をも乗り越え、誰かの犠牲の上に成り立った幸せがどれほど大切か、

どれほど尊かを意味しているようにさえ思える。

食べたいものを食べ、着たい服を着て、大好きな音楽を大切な仲間と演奏出来ることを、

今や当たり前の様に思ってしまっている。

でもそれは当たり前のことなんかではなく、

こんな世の中を夢見て、誰かが命をかけて私達に残してくれたものなのである。

この町を護って頂いた方々に感謝する反面、未来の子供達は、

いつの日か私達にも「有難う」と言ってくれるだろうか?

「有難うの連鎖」を私達は繋いでいけるのだろうか?




posted by DO ART !! エッセイ集 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 坂本のサルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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