2009年08月18日

2009年8月配信分 感覚を研ぎ澄ました言葉遊び




言葉。

はるか昔から人間のみが使うとされている。

しかしそれは本当に高度なことなのだろうか。

言葉を持たないとされる動物たちの方が、

はるかに優れているのではないだろうか。


言葉とは便利な反面、邪魔なものである。

昔からそう思うことがある。

詩やブログ、エッセイを書き連ねるに、さらにその不自由さに悩まされる。


例えば、

「夕暮れ時の夕陽の美しさ」

を表現するに、

「美しい」

とか

「綺麗だ」

と言う言葉があるからそれ以上に表現することは難しい。


人の感覚とは、

極めてアナログなもの。

それを、「言葉」というデジタル的なもので表現するのだから困難なこともうなづける。

それ故に、様々な、遠回しな言葉で表現するしかなくなる。


「黄昏時、淡くかつ情熱的な朱が空を染め、

さらには湖までも黄金色に揺らす情景」と。


また、アーティスト達はいろんな方法で、

「美しさ」などの感情を表現しようとする。

いま見えている美しさや感動を如何にすれば伝えられるのか、というもどかしさと闘いながら。


一つは言葉と言う手段を用いない、つまり逆に具象化することをせず、

抽象的な「音楽」という手段を用い、個人のもつ美意識に任せようとした。


例えばもうひとつ。

ハンバーグを食べたとする。

それを人に伝えたい。

どう表現するだろう。

「美味しい」

という言葉が邪魔にはならないだろうか。

味や香り、舌ざわりなど、どれもが言葉では難しいことに気付く。




posted by DO ART !! エッセイ集 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 坂本のサルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。