2009年12月06日

2009年12月配信分 田園風景




見渡す限り、

一面に広がる田園風景。

あと一月もすれば、

辺りを黄金色に染める。

東方見聞録に書かれた黄金の島。

マルコポーロが己が一度も見ずして書き記した「黄金」とは、

このことだったのだろうかと想いを馳せる。


この風景、

つい5、60年ほど昔は、牛もしくは手作業で植えられていたのだとは、

今では信じられない。

何人の手で、

何日かければ、

この広大な土地に苗を植えることができたのだろうか。

昔の農家の方達は、

季節になれば

生活ほとんどの時間を、

来る日も来る日も、

田植え、刈り入れに追われ、費やしたに違いない。

いまは、

機械の発達で、

昔よりは早く作業を終え、残りの時間を他の仕事や余暇に使える。


しかし、

よくよく考えてみるに、

時間に追われているのはどちらだろう。

機械の発達は私達に「ゆとり」をもたらしたのだろうか。

確かに、昔は手作業のあまり時間に追われる。

が、一人では無理のため、家族、近所と協力する。

それが、楽しみであり、大切な繋がりを作るきっかけであったのだろう。

しかし今は、

機械の発達で「ゆとり」がある反面、

その発達は、

簡単に作業が出来るため、季節になれば田んぼで一人か二人で作業する風景を生み出した。

それに、

その作業は会社勤めの合間にと、大変極まりない。

これは何も農家だけではない。

新幹線の発達は、

遠く離れた人に、すぐに会える反面、

東京、大阪間で、

朝9時の出勤を可能とした。

私が大手で働いていた頃、

新幹線「のぞみ」の出現は、仲間に大いに苦笑いをさせたのを覚えている。


日本は、物凄く便利になった。

100年前には、

電化製品も鉄道もほとんどその姿はなかったのだ。

本当に便利になったと思う。

しかし、

その便利さのあまり、

大切なものを失った代償は大きい。

その失ったものに気づいてないこともまた、悲しいといわざるを得ない。

その流れを止めることは出来ない。

ならば、

上手くそれらと付き合っていく方法を、

考える必要があるのではないだろうか。




posted by DO ART !! エッセイ集 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 坂本のサルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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