2010年09月18日

2010年9月配信分 縁側からの月




風が凪ぐ。

近く裏山辺りか、鹿が鳴く。

影が伸びる。

今宵は灯火が無くても山を歩くことが出来る。

満月。

中秋の名月。

万葉の時代とは何ら変わることなない月。

悲しみ

幸せ

どのような思いで月を眺めたのだろうか?

その想いに近づくため

縁側に出てみる。

部屋の窓や外から見上げ眺めるのではない。

悲しいかな今の住宅事情からは姿を消してしまった、

廊下、縁側でかすかな風を受けながら・・・



この縁側に座る古人は一人なのか、二人なのか・・・

美しい十五夜、望月。

美しい月を、日本語はさらに美しく表現していく。



名月前夜を「待宵」

十五夜を境に少しずつ遅れて昇る月をお洒落に呼ぶ。

十六夜のいざようはためらい。

十七夜を立待月(たちまちづき:立って待とう)

十八夜を居待月(いまちづき:座って待とう)

十九夜を臥待月(ふしまちづき:寝て待とう)

二十夜を更待月(ふけまちづき:一眠りして待とう)



この、月の呼び名に込められた想いは、

月に対してだけなのだろうか?

一人きり、虫の音を聞きながら眺める月。

待つのは月だけではなく、愛しい人なのかも知れない。

美しいものは愛しい人と二人で。

この想いは今も昔も変わるものではない。

ただ、

その美しさを、日本語の素敵さをフルに活用して表現する

万葉の人々の「美」に関する感覚のなんと素晴らしいことか。

縁側がタイムマシンに変わる時間。




posted by DO ART !! エッセイ集 at 00:00| Comment(0) | 坂本のサルサ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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